★ 昼に見える星〜老いた男と、青春と ★
<オープニング>

「ふう……成る程。確かにここは、妙に馴染む場所だな」
 すっきりした灰色の三つ揃いを身に付けた上品な初老の男性は、銀幕駅に降り立つとどこか懐かしむような表情をした。
 訪れたきっかけは単純なものだ。映画人ならば誰でも夢見るであろう『映画の世界の人物』 を実物大に見る為だ。ムービーハザード以来銀幕市ではお馴染みの光景も、外から来る者にはやはり目の前にしなければなかなか信じられない事である。
「ふむ……それにしても、何処に行くべきかな?」
 案内看板を眺めながら、特に目的の無い観光客である彼は思案する。……頭に過ぎったのは観光タクシーを頼む事だ。
「タクシーか……」
 彼、綱阪功治はふと笑みを浮かべる。役者を始めて今年三十数年になる彼にとって、タクシー……そしてタクシードライバーはとても重要な意味を持つものだった。
 「ほしぞらタクシー」 は、彼の作品の中でも初の主演作品であり、それまで端役ばかりだった彼が主演男優賞を獲得した代表作とも言えるものである。
 ストーリーは都会の闇の中を走る、明るい黄色の車体に星のマークという特徴的なタクシーの車内を舞台に進行する。それぞれにドラマを持つ客を乗せ、タクシーは夜の闇をヘッドライトで切り開きながら、軽やかに滑っていく。
 タクシードライバーの藤坂幸一は溌剌とした真っ直ぐな気質の青年だ。時に客を励まし、時に客に学び、時に客と共に喜ぶ。数分程の短いドラマが連続し、ひとつひとつは些細な話でありながら、全体を通して見ると、どんな平凡な人生にも素晴らしいドラマが秘められているのだと思い知らされる……小粒ながらとても爽やかな作品に仕上がっている。
 二十も半ばを過ぎ、役者として超えられない壁を感じていた時の主役抜擢、そして受賞。綱阪にとっても忘れられない大事な作品である。そんな事もあって、名俳優と言われるようになった今でも、好んでタクシーを利用する事が多かった。
 早速タクシーを捕まえようと駅前のロータリーを流れる車の群れを眺める。賑わいを見せる駅前をひやかすように歩けば、すぐに空車のマークのタクシーが幾つか見つけられた。
「おや、あれは……」
 綱阪は懐かしい車を見つけた。型こそ現行の物に改められているが、同じ車種、同じカラーリングの車が、空車のマークを出して停まっているではないか。
「ほしぞらタクシー……」



「なあ、植村さん、ちょっと知恵を貸して欲しいんだ。俺のさ、俺が来ちゃったんだよ!」
 植村 直紀の前に現れたムービースターは、焦ったように早口でそう捲くし立てた。
「……藤坂さん?」
 突然の事に驚き、植村は疑問を隠さぬ様子で青年の名を呼ぶ。
 何と言うか、素材感そのままを押し出したような青年だった。すらりとした長身と甘いマスクを持つ癖に、口を開けばまるきり素朴な青年というギャップが彼の持ち味か。黒々とした髪は短く切り、余計な装飾はひとつもない。ドライバーらしく白い手袋を付けているのが目立つが、他は、タイピンがわりの星のマークの社章がささやかに胸の辺りで主張しているぐらいだ。清潔な白いワイシャツに黒のネクタイ、灰色のスラックスという平凡極まりない服装ながら、彼は確かに平凡さと無縁の存在だった。
「一応、地図読み込んでそれなりに道なんかは覚えたし、代表的な場所なんかは案内出来る。……んだけど、俺、まだほらこっちに出てきてあんまり時間経ってないから、洒落た店とか気の利いた場所なんかは分からなくて!」
「藤坂さん、落ち着いて下さい。貴方に関する誰かがいらっしゃったのですね?」
 植村が落ち着かせるように殊更穏やかに促すと、はたと気付いたように藤坂は言い直した。
「あ、ああ。俺の……「ほしぞらタクシー」 の主演男優、綱阪功治が来たんだ。で、今俺のタクシーに乗ってて」
「ああ、成る程。それで銀幕市の案内をしたいと。そういう訳ですね」
「そう。俺のタクシー見て、凄い嬉しそうな顔して俺に話し掛けてくれてさ。俺、綱阪さんを案内したい。自分なんだけど、自分じゃない……俺のお客さんに、満足して降りて貰う為に……この町の案内役が欲しい。どうにか出来ないかな?」
 藤坂の真剣な様子に、植村はしばしの沈黙のあと、一つ頷いた。
「分かりました。皆さんに協力を求めましょう」

種別名シナリオ 管理番号92
クリエイター常陸乃寧(wmyb3194)
クリエイターコメント 黄色いタクシーに乗って銀幕市を観光しましょう。老俳優はナビシートに、皆様は後部座席にお座り頂きます。
 皆様にはナビゲーターとして、銀幕市の素敵スポットをご紹介頂きます。1人1,2箇所が宜しいでしょうか。勿論、既知の場所だけでなく、新たに創作頂いても問題ありません。張り切ってご紹介下さい。老俳優やタクシードライバー藤坂との交流もお楽しみ下さい。
……上限6名となっておりますが、ドライバー仲間さんのご協力で2台に分乗という事でご理解を。
(道中、流動的に入れ替えが行われていると考えて頂ければ幸いです〜)

参加者
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
七海 遥(crvy7296) ムービーファン 女 16歳 高校生
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
冬月 真(cyaf7549) エキストラ 男 35歳 探偵
<ノベル>

 天気は呆れるくらいに快晴。雲ひとつない空をバックに駅前に集合した協力者達は4名。その中で一際目立つのは、やはり白スーツにサングラスの巨漢、八之 銀二だ。彼自身は一本筋の通った仁義の人であるから何ら問題ないのだが、一般人らしからぬ貫禄と強面に思わず誰もが道をあけてしまう為、大きなストライドで向かう先はモーゼのごとく綺麗に左右に人が分かれていく。
 その隣では、彼の迫力にも負けず、むしろ憧れの視線などを偶に向けながら、弾むような足取りの七海 遥が歩いている。好奇心に輝く瞳は明るく、肩に付くくらいの茶色の髪を揺らしカジュアルな服装に身を包む彼女は、ラベンダー色のバッキーを連れ、親しげな笑顔を浮かべる青年、クラスメイトP……彼女いわく、リチャードPさん……に話し掛けていた。やや生真面目そうなトラッドスタイルに眼鏡を掛け、米国人らしいすらりとした体躯をしている彼は、しかしどこか人の良さというか優しげなというか、何となく庶民的空気を纏っている。
 そんな二人には何か共通の話題があるようで、先程から随分と興奮した様子で会話を交わしている。
 冬月 真は3人の様子を視線の端に留めながら、専ら周囲を確認するように視線を流していた。やや細身の引き締まった体躯を持つ彼は、探偵という職業柄、探し物をする時の癖で、意識していないような素振りをしながら多くの情報を視線の中に収めている。
「……あれは」
 だからこそ最初にそれを見つけたのは、彼だった。
 ――黄色いタクシーのわき腹に青い星が並ぶ。名作「ほしぞらタクシー」そのままの姿が、目の前に現れた。

 駅前のロータリーは、常と変わらず混雑していた。巡回バスのターミナル、迎えの車の群れ。空車の表示を点らせるタクシーの中、一際目立つ黄色いタクシーが停車しており、ハザードランプをちかちかと光らせていた。
 誰かの訪れを待つかのように、白い手袋を付けたドライバーらしき男が、遊歩道の端、後部ドアの近くに佇んでいる。時折薄く開けたウィンドウ越しに乗客に話し掛けては、楽しそうな様子で肩を揺らしていた。
 ナビシートに座る初老の男性はおそらく綱阪だろう。ふと気づいたかのように指先を向け、窓越しに綱阪が何かを示す。その先を確認するように藤坂が視線を歩道へと向けた。

「わあ、本当に映画そのままなんだ〜!」
 星のマークが並ぶ車体に、はしゃいだ声を上げるのは七海 遥だ。「しかもムービースターさんだけじゃなくて役者さんまで揃ってるなんてもう感激っ!」 とミーハーな声を上げる彼女に、本日の案内人達を迎えるべく歩道に並んだ若き日の姿である藤坂と現在の姿である綱阪の二人は、よく似た笑みを見せた。微笑ましいものを見るような、どこかくすぐったそうな、そんな優しい笑みだ。
 クラスメイトPは、負けずに嬉しそうな笑みを浮かべて「大好きな映画なんですよ」 と二人に言う。眼鏡の奥の茶色い瞳を輝かせた彼は、ちょっと見られないぐらいの力の入り様だ。若い二人の様子に、大人二人は視線を合わせ、今日は忙しくなりそうだと肩を竦める。
「八之さんにお会い出来るとは光栄だ。私もあのシリーズ、大好きなんですよ」
「ほう……。それは俺も光栄だな。今日は宜しく頼む」
 綱阪の言葉に八之は鷹揚に頷き返し、二人は握手を交わした。
「そちらの方は?」
「冬月 真。探偵だ」
 笑みを浮かべたまま綱阪は冬月に尋ねるが、人馴れしない孤高の獣のような彼は、失礼にならない程度に間隔を置く事で接触を廃す。老俳優は彼の意図を理解し、軽く目礼を返すと元気の良い若い二人に視線を向ける。
「うわー、最近のタクシーって色々なものを積んでるんですねー」
 クラスメイトPはタクシーにご執心の様子でぴかぴかの車体の中の最新装備に目を輝かせていた。GPS機能や高精度のトランシーバーなど、考えてみれば男の子の好きなものが色々詰まっている訳で。
「お二人一緒にサインお願いしちゃっても良いですか!?」
 その時当の藤坂は、色紙を差し出した七海の言葉に慌てていた。ムービースターとはいえ、彼はタクシードライバー。名前は書面に書きはすれど、改まってサインなどした経験は無い。
「え、俺もっ?」
「こんな可愛いお嬢さんにねだられるなんて、久しぶりの事だね」
 仰天する藤坂と対照的に、綱阪はさらさらと慣れた様子で流麗なサインを描き、色紙を藤坂に渡す。
「サインだなんて緊張せずに、君の名前を書けばいいんだよ」
「はあ……俺なんかでいいんですかね?」
 綱阪の言葉に頷きつつ、緊張した様子で藤坂がぎこちなく、癖の強い文字で名前を書く。サインというよりは署名といった趣だが。
「宝物にしますね〜♪」
 色紙を大事そうに抱えて喜ぶ七海に、本当にそれでいいのと藤坂が不安そうに聞いているのがどうにもおかしかった。



「さて……。今日はどんな所を紹介するのかな。ルート確認ついでに軽く調整をして置こうか」
 堅気に見えない己が安穏とした空気の中に入るのもどうかと思ったが、来たからにはきっちりやるのが八之の流儀だ。
「ええと、僕のおすすめはラーメン屋だからお昼がいいですね……」
「私はいつでも大丈夫です。でも、最後に寄りたい場所があるかも……」
「俺は……皆の予定に合わせる」
 本日の予定を決めるため、皆の選んだお勧めの場所を聞きつつ、八之が希望をすり合わせて調整していく。
「ふむ……。俺のお勧めはお茶の時間が良いだろうな。こんな感じで……藤坂君、大丈夫かな」
「ええと……大体は。難しい所はカーナビでどうにか……」
「慣れないルートなら、俺が案内出来るが」
 八坂の言葉に藤坂がマップを見ながら不安そうな顔をしていると、見ていられないと言う様に嘆息し、冬月がぽつりと言葉を挟む。余り密に人と話し込むタイプではないが、かと言って困っている人間を放って置く程薄情では無い。職業柄そういった事は得意なのだと言って、ふいとまた視線を外す冬月に藤坂は目に見えてほっとした表情を浮かべた。どうやら思った事が表情に直結するタイプらしいと、視線の端でそれを見た。



 二台に分乗し、車は走りだす。
「最初は代表的な所を軽く流して、それからクラスメイトP君のバイト先で食事って感じで行くんで。もしトイレ休憩とか取りたい時は遠慮せずに」
 午前中は銀幕広場や映画館など、藤坂でも案内出来るような代表的な所を軽く見て回った。「パニックシネマ」では現在ロードショウ中の映画を確認し、「Cafeスキャンダル」で一時休憩。
 各々好きな飲み物を頼み、丸テーブルを囲んで座った所で、観光客である綱阪はしみじみとした声で呟いた。
「本当に……ごく当たり前のように映画の中の人物が過ごしているんだな」
 街中に、カフェで談話する隣のテーブルに、本来有り得ないようなスクリーンの中の登場人物が居る事に綱阪は感嘆した。SFXもかくやという不思議な形の生き物や、3Dモデルそのままのような妙に非現実的な端麗さの人物までさまざまに在ると、ようやくこの街に掛かった魔法というものが認識されるようで……夢と現実が入り混じったような光景は、何とも言えない不思議なものがあった。思えば目の前に居る今日の連れだとて、その半数以上が魔法によって現れたムービースター達なのだが、各々現実感のある配役であった為か、違和感を覚えていなかったようなのだ。
「そういえば七海君。『ほしぞらタクシー』の事を教えてくれないか」
「あれ、八之さんまだ見てなかったんですか?」
「そうなんだ。スマンが、概要や君の感想を聞かせて貰いたい。良ければ、綱阪君からも楽屋裏の話などを聞いてみたいもんだな」 
 そう八之が言い出した事で、お茶の時間はほしぞらタクシーの感想戦に早変わりした。
「やっぱりね〜、ハンサムな主人公にはヒロインがいるとちょっと素敵だと思うの♪」
 七海は女の子らしくロマンティックな元恋人を乗せた場面を押しつつうっとりと。
「普通の人達が見せるドラマがいいと思うんだよね。ほら、あの閉鎖寸前の工場の工場長の語りとか……」
 クラスメイトPは人情味のある会話がいいのだと力説。
(俺も、あの場面は好きだったな……)
 冬月は特に言葉にしないまでも名場面を思い返すように頷いて見せ。
「うん、そうだなぁ……って、何気なく恥ずかしいもんだねこれ……」
 何せ自分の記憶にある事だから、藤坂はいちいち照れた様子を見せながらテーブルの隅で小さくなっている。冷や汗すら浮かんでいそうだ。
「ははは、私もいつも感じている類のものだろうさ。こればかりは開き直るしかない。そうそう、夏の現場でボンネットで目玉焼きを実験した事があってね……」
 その横で、ひどく懐かしそうに現場でのアクシデントを語る綱阪は楽しそうであった。



 話が興に乗り、小腹が空いた頃。クラスメイトPの案内で、彼のバイト先の九十九軒へと移動する。店名の染め抜かれた暖簾をくぐり店内へ入ると、湯気とともに独特の香気が感じられた。テーブルが所狭しと並べられた店内の壁には年季を感じる色あせた品書きとともに、スター達のサインが見られ。
 皆はカウンターに並んで座り、ラーメンを頼んだ。寡黙な親父さんが手際よく人数分の丼を並べる。慌ててが手伝おうとクラスメイトPが立ち上がると、親父は「客はおとなしく待ってろ」 と視線で脅し付け、淡々とスープの元であろうタレを注ぎ始めた。麺を湯がき、湯を切って、丼に麺を入れるとともに熱い湯を注いで具を載せ。無駄のない動きであっという間にラーメンが出来上がっていく。
 どんどんと丼が出されるのを皆は受け取り、割り箸を割っていただきますの声とともにラーメンを食す。映画談義に盛り上がったせいか、結構お腹が空いていた。
 一口スープを飲み、麺を啜って「……懐かしい味だ」 綱阪が言う。すっと喉を通るようなしつこさの無い醤油味。
 親父さんは表情も変えず「そうか」と返す。
 二人の会話に、クラスメイトPはまるで自分の事のように誇らしくなり、「そうでしょう」 と得意げな顔をする。親父さんはじろりとPを睨んだが、あえて何も言わずにテレビを点け、腕を組んで画面を睨むように凝視した。
 旧型のテレビには、通好みの古い映画が、吹き替え版でなくあえてその国の言葉のままに流されている。字幕の言葉もどこかレトロに、異国の言葉が煩くない程度に音を絞られて聞こえてくると、洒落たBGMがわりになった。
 店主の実直さを現しているかのようにてらい無く纏まりの良い丼は、冷める間もなく皆の胃の中に収まる。
「毎度」
 寡黙な店主に見送られて店を出る頃には、真新しい色紙が壁に増えていた。



 お腹も一杯になったところで、一同は七海の案内により名画座へ移動する。
「最近も他のムービースターさんを案内したばかりなんですけど、本当に素敵な映画館なんですよ〜。大勢の人の努力で復興した映画館で、歴史とか皆さんの気持ちとか沢山つまってる場所なんですっ」
 力説する七海は、映画好きだけあってその映画館に並々ならぬ愛着を持っているようだった。
 実際訪れて見ると、こぢんまりとしながらも雰囲気の良い、所謂「単館系」 と言われる独自のセレクトで日々さまざまな映画を上映する名画座は、今日もレトロな趣で訪れた客をもてなしている。
「一息つきたい時は『名画亭』のバッキードリンクがオススメですよ♪」
 七海の勧めで立ち寄ってみると、そこには数々のグッズが並んでいる。
「うーん、僕は何にしようかな。さっぱりした味もいいし……」
 クラスメイトPがメニューを見ながら首を傾げている。バッキーの体色にちなんだシェイクもなかなか美味であるが、七海の肩にちんまりと乗っかっているそれと似て、バッキーグッズがどこかユーモラスな顔で売店にひしめきあっているのはなかなか壮観だ。カラフルでころころとした丸いそれが、我が物顔で陣取っている売店を見ながら、一人不思議そうな顔をしているのは綱阪である。
「バッキーというのは……成る程。それは面白いものだね」
 まるきり異邦人状態の綱阪がバッキーがどんなものであるかの説明を受け、本物と縫いぐるみを見比べながら興味深そうに見ていたが、若い藤坂は食べられてしまう危険がある相手を何ゆえか気に入ってしまったようで、七海のバッキー「シオン」に歓迎の本気噛みをされたり、タクシーのダッシュボードの端にちんまりとしたラベンダー色……それはシオンの体色と同じである……のバッキーぬいぐるみが増えたりしていた。
 冬月が(無謀なものだ)と、その行動を呆れたように見ているのも知らずに。
(ムービースターとバッキーは、ある意味天敵同士とも言える間柄だろうに……呆れた度胸だ)
 そんな風景をよそに、八之は泰然とした面持ちで皆の様子を眺め、一つ頷くと、
「ふむ……、なかなか面白かったな。次は俺が案内しよう」
 名画座に掛けられていた映画が気になり、ちょっと話したいような気分になっていた皆は頷く。話すにも、休むにもその場所は丁度良いであろう事を、街の噂で知っていたからだ。



「さて……俺の紹介するのはカフェダイニング『楽園』だ。レーギーナ君の営んでいる喫茶店だな。ここの上等なスイーツとハーブティの組み合わせは絶品だぞ」
 観葉植物が配置されたどこか温かみのある雰囲気の良い店内に踏み込むと、丁度前の客との話が終わったのか、レーギーナ……ここでは人の姿を取り、薔子を名乗っている……が、笑みを浮かべて歓迎を示す。
「あら、銀二さん、いらっしゃい。今日はたくさんの方といらしたのね」
「ああ、世話になる。出来ればお勧めの品を紹介して貰いたいが……」
 藤坂は言葉も無くひたすら感動した様子でその美貌を見ていた。人の身を取っていても、その神性たる内面を映して彼女は輝かんばかりに麗しく。
「これは奇跡のような美しさだ。女神というものを間近に見られるとは、長生きするものだな」
 綱阪の愛想ばかりでない賛美の言葉に楚々と笑みを返すレーギーナは、八之の頼みを受けてスイーツ担当の娘を呼び寄せ、本日のケーキとハーブティを勧める。
「すごい贅沢な気分〜♪」
「本当、何を食べても美味しいし……流石は銀二さんお勧めですね」
 七海がにこにこと美味しそうにケーキを頬張る。クラスメイトPの言葉にそうだろうと八之は笑い。
「俺も、こんな美味いケーキ初めてだ」
「フルーツをふんだんに使っているからか、重くなくて良いね。私でも食べられそうだ」
「そうだな……確かに美味い」
 驚いたような口調の藤坂と満足げな綱阪、冬月も同意し。男でも無理なく食べられる自然の甘さは、素材を殺さずに使った事に由来するのか。
 苺をたっぷり挟んだスポンジケーキやコンフィチュールをたっぷり詰めたパイなど、色鮮やかなケーキ類と、爽やかな口当たりのレモングラスの利いたミントティー、甘いベリー系とローズヒップメインにしたフレーバーティなど、どれもこれも厳選されかつ美味なものばかりだ。美しいティーカップやソーサーの柄を楽しみながら、色鮮やかなハーブティを楽しみつつ皆は好きな映画などを話題にし、ゆったりとした時間を楽しむ。



 楽しい時間が過ぎ、レーギーナと森の娘達に見送られながら「楽園」を出、次はどこに行こうかと思案していると、冬月がぽつりと呟いた。
「つまらないと思うが、案内できる唯一の場所を紹介する」
 皆が知るような有名な場所であれば馴染みが無いなりに分かるが、気の利いた場所など冬月は知らない。だが、1つだけ……たった一つだけは、紹介出来る場所がある。
 冬月のナビに従い車を進め、停車したのは小さな教会の前。先に立ち、教会の敷地に足を向けながら冬月は言った。
「この教会の裏にな、猫がたくさんあつまることがある」
 いつか愛妻と来た場所。それだけに思い出深い、幸福な記憶に繋がる……。
「運が良ければ、見れるかもしれないな。猫たちのオーケストラを」
 教会を回り込み裏手に回ると、そこは暖かな日差しがあった。日向に寛ぐ、猫達の姿もあった。何も特別なものはない、けれど優しい風景があった。
「……いい場所だね」
 綱阪は言う。
「ああ……とても」
 冬月は瞑目した。
 ここに来ると、とても優しい気持ちになる。
 暖かな空気と。日差しに温まった猫達の幸せそうな姿と。時折聞こえる、陽気な猫の声。
 ……何も急ぐことはないと、そう言ってくれるような穏やかさが、あの日の姿に重なって。
「……大事に、するといい」
 誰しも持つ特別な風景を見せてくれた冬月に、綱阪はそれだけ言って微笑んで見せた。
 猫達は訪れた者達の気も知らず、日差しの中でまどろむ。



 夕暮れが近づいていた。
「有名ではないですが、LAの市花ストレリチアが沢山植わっている路地があるんです」
 クラスメイトPの案内でストレリチアのオレンジの花を横目に路地を抜け、車は一路銀幕湾へ。砂浜の手前で停めると丁度、海に夕日が沈む所だった。オレンジに照り映える水面。ゆっくりと、一日の終わりを告げるように水平線に沈んでいく。
「僕達は市から出られないので、ある意味……現実と夢の境目ですね。良く来るんです」
 夜になれば、隣市の灯りが見える港。魔法の掛かったこの場所の、ほんの目と鼻の先に現実があることを教えてくれる、そんな象徴的な風景に……藤坂と八之はどう思ったのだろう。

「……そろそろ良い時間だから、最後にいい場所に行きましょうっ!」
 沈んだ空気を破るように、元気に七海が言う。
「車で上がれる丘の上で、夜空がすっごく綺麗に見られるスポットがあるんです♪」
 ……ほしぞらタクシーで星空を眺めに行くなんて素敵じゃないですか? そう言って七海が最後に案内したのは小高い丘の上。
「ねっ? 綺麗でしょう!」
 星空を見上げ、街のネオンを見下ろして、皆は一日を振り返る。充実した一日だった。銀幕市という場所の、色々な表情を知った一日でもあった。
「綱阪さん、ここに、銀幕市に来てくれてありがとうございます」
 藤坂さんが羨ましい、とクラスメイトPは言う。役者と役自身の、時間を越えた邂逅。それは奇跡のような、稀なる出会い。それを間近に出来て嬉しいと青年は微笑む。
「こちらこそ思い掛けず楽しい時間を貰ったよ。この街の不思議と、暖かさを教えて貰った」、「皆さんのお陰で、綱阪さんの案内を努められました」よく似た笑顔が揃って、微笑み返し。
 名残惜しいような気分で星空を見上げる。
 星空の下、黄色いタクシーはしばらく停まったままで。よく似た二つの影は、笑みを浮かべたまま空を眺めていた。

クリエイターコメント長々とお待たせして申し訳ありませんでした。
ですが、とても素敵な市内観光となりました。藤坂も綱阪も満足して星空を見上げたことでしょう。

後ほど、お一人お一人にコメントを差し上げたいと思いますので、お暇な時などにブログの方を確認頂ければ幸いです。
公開日時2007-04-24(火) 20:10
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